メーカー	SCE	発売日	1994-12-03
メディア	CD-ROM	定価	39,800円
CPU	R3000A	GPU	CXD8561CQ
動作周波数	33.87MHz	解像度	640x480
メインRAM	2MB	ビデオRAM	1MB

家庭用ゲーム業界に参入した、家電業界の雄ソニーが作った新ハード。その勢いは凄まじく、ついには磐石の任天堂のシェアすら奪い去ってしまった。

　● ソニーの奇跡

　セガのサターンからわずかに遅れて、ソニーもCD-ROMドライブ搭載ゲーム機を発売した。そのために新しくソニーコンピュータエンターテインメント(SCE)という会社が設立され、開発・販売が行われた。
　元々ソニーは家庭用ゲーム業界とは離れたポジションにいたのだが、任天堂のスーパーファミコンの音源チップを開発した事をきっかけにして近づいていった。その後、スーパーファミコン用CD-ROMドライブを開発するという事で提携したものの、両者の思惑の問題からこの企画は立ち消えとなった。この時開発されていたCD-ROMドライブの名称が「プレイステーション」になる予定で、結局その後SCEが作ったマシンの名前はここから取られている。最初からそのつもりだったようで、開発中もずっとコードネーム「PS-X」と呼ばれていた。

　前回、セガサターンの時に、デュアルCPUの構成等が複雑だったと書いたが、このプレステは比較的単純な作りをしている。
　CPUには32ビットRISCチップである、MIPS社のR3000Aを採用している。初代にあたるR2000が1985年の発売で、R3000Aはアーキテクチャ的にはそれと大差無いので、実際には割りと古くから使われているチップである。それを更にカスタマイズし、メモリコントローラを内蔵し、また同一ダイ上にコプロセッサとしてGTEと呼ばれるグラフィックエンジンを搭載している。このGTEが、座標変換やテクスチャのマッピングを行う仕組みになっている。
　このように、CPUとコプロで大部分の3D処理を行うようになっており、3D表現能力はセガのサターンよりも高いと言えた。サターンが苦手とする半透明ポリゴンも扱う事ができ、もはやパッと見で差が分かるほどだった。
　反面、2D機能に関してはサターンよりも劣っている。スプライト機能などは搭載しておらず、現在のWindowsで実現する時のように、板ポリゴンのテクスチャを平面に並べる事によってスプライトを表現する。これは、スプライト機能を使ってポリゴンを表現するサターンとは逆のアプローチである。ただ、サターンに比べてVRAMが少ない事、メモリアクセスの速度に問題がある事から、例えば格闘ゲームなど大量にスプライトを使うゲームに関してはサターンの方が優れていた。
　音源はADPCMを24チャンネル鳴らす事ができ、その他CD-DAからも音を出せる。サターンのようにFM音源化はできないが、どちらにせよもはやここまでくると音源の差でゲーム機の良し悪しを語るのが馬鹿らしいくらい高性能になっている。もはやPSG3和音の頃とは時代が違う。

　コントローラは、基本的にはスーファミとそっくりだが、LRボタンが2段になっており、L1L2、R1R2などと呼ばれていた。これは上の段を人差し指で、下の段を中指で操作する事になる。ボタン割り当てを覚えるのがややこしくなるが、押す事自体は結構簡単で、なかなかいいアイデアだと思った。
　方向キーは不思議な形状をしている。上下左右がまるでボタンのように分かれている。…と見せかけて、実際には裏側で全部繋がっている(だから上下同時押しとかは無理)。なんとも言えない独自の形状だ。オーソドックスな十字キーにしないのは、任天堂が十字キーに関して特許を持っているからだ、と一般的に言われている。
　この方向キーは、確かに斜めに対する誤入力を防ぐという意味では、メガドライブ以前のセガパッドよりはるかに優れている。しかし、シューティングゲームなどで意図的に斜めに入れたい時などは、かなり入力しづらい。格闘ゲームなどはコマンドで斜めが多いので、このパッドで入力するのには慣れが必要だった。やはり任天堂の十字キーのように、中心部があった方がいい。操作性としては最悪の部類のパッドだと思うのだが、どうにもソニーにはこういう見た目にこだわって使いづらいデザインを採用する癖があるらしい。以前MSXにもゲームパッドを出していたが、どれもコンセプト先行の使いづらいものだった記憶がある。
　また、スーファミがABXYとボタン名をつけていたのに対し、プレステは○×□△と記号にしていた。任天堂と同じにしたくはなかったのかも知れない。これは小さな子供などには分かりやすかったかも知れないが、弊害がある。画像なり実物なりを見て確認すれば分かるが、○ボタンがスーファミで言うAボタンの位置(右側)、×ボタンが同じくBボタンの位置(左側)にある。これは、ファミコン以降定着している、右が決定で左がキャンセルという手法に照らし合わせると、感覚的には一致する。○が決定で×がキャンセルになり、感覚的に分かりやすい。実際、多くのゲームがこれに倣っている。しかし、この感覚は日本人だけのものである。海外では、○×という記号に日本と同じような意味合いは無い。むしろ英語圏の場合は、×＝チェックマーク＝確認済み＝決定という連想が働くらしく、×ボタンが決定のゲームが多かった。以後、日本と海外では決定とキャンセルのボタンが逆になってしまった。これがプレステに起因するかどうかは調べていないが、少なくとも○×をボタンに割り当てたのは失敗だったと思う。△と□ボタンも覚えづらかったし。
　全体的に言えば、あまり評判のいいコントローラだったとは言えないが、以後SCEはこのコントローラにこだわり続けていく。

　さて、結果から言うと、プレイステーションは大成功した。当初のライバルであったサターンとは、途中からジリジリと差をつけ、最終的には大差が生まれた。また、任天堂の次世代機Nintendo64は、サターン及びプレステに比べると大きく出遅れ、発売時にはすでに勝負が決まっている状態であった。
　まず、近い立場であったサターンに対する勝利に関しては、まずはソフトの充実、そして価格競争に勝った事が原因として挙げられる。
　価格についてだが、まず発売当初の金額で5,000円ほどサターンより下だった。本当はもっと差があって、サターンの定価は実は49,800円でちょうど1万円差だったのだが、セガは発売記念キャンペーンとして44,800円で売り始めた。のちに定価に戻す予定だったようだが、ソニーにその値札をつけられた以上、上げられなくなったらしい。
　翌年、SCEはプレステの価格を29,800円と10,000円も引き下げた。これは単に戦略的な値下げというだけではなく、量産効果が働いてパーツの価格を下げられた事に加えて、ハードウェア上の簡素化も進めている。いくつかのチップは統合され、パーツそのものの数が減っている。これに比べサターンは、以前書いたように複雑な構成のため、なかなか本体の構成を変更できず、価格を下げられなかった。
　更に翌年の1996年、プレステは24,800円に引き下げられ、更に3ヶ月後には19,800円まで下がった。細かく基板上の機能も変わり、エアフローやピックアップの見直しも行われた。この19,800円の時に、セガもサターンを思い切って20,000円まで引き下げたが、ちょっと打つ手が遅かったような気がしないでもない。FFやDQなどの有力タイトルはすでにプレステへの移行を決定しており、その時期に出たNintendo64も寄せ付けず、業界トップの地位に立った。
　その後、晩年と言える1999年には15,000円まで値下げし、翌年にはPS oneと呼ばれる小型ハードに移行、これも9,980円まで下げた後オープン価格となった。実売数千円で購入できたと思われる。

　ソフトに関してだが、何よりも重要だったのが、開発環境の導入のしやすさである。スーファミは、内部構造がカスタムチップだらけの複雑なハードでの開発で、まずその開発自体が難しかったし、また開発機材についても非常に高い開発用のPCを購入せねばならず(当初はソニー製のワークステーション込みで3000万程度、のちにシャープ製の物が数百万円で、晩年には通常のAT互換機で開発可能になった)、導入費用も馬鹿にならなかった。
　それに引き換え、プレステの開発環境は導入費用が格段に安かった。当初からAT互換機とコンパイラが使用可能で、開発用のハードとリンクできる特殊なプレステを使用する。その費用は合計で数十万と言われており、スーファミよりも参入にあたっての障壁が低かった。
　そしてまた、ソフトが一般的なファイルシステムを用いたCD-ROMメディアである事や、採用実績の多いRISCチップをベースにし、開発ライブラリが整えられており、単純なソフトであればスーファミよりも作りやすいという状況であった。後にはSCE自ら、「ネットやろうぜ」などという意味不明な名称ながら、開発キットを発売しており、特殊な本体とPCを接続する事で開発が可能になるほどであった。
　このような開発に関する垣根の低さは、プレステのソフトのバリエーションに寄与しており、一発アイデア勝負のゲームも数多くでた。そのほとんどは単純にアイデアだけの駄ゲーでもあったが、中には光る物もあった。そこから新しいシリーズへと発展したいったものもある。
　また、任天堂やセガと違い、自らがゲーム開発を行っていない会社である事から、SCEは小～中規模のスタジオを抱え、特にブランドカラーを打ち出さないままパブリッシャーとしてゲームを販売した。その中から、パラッパラッパーやIQ、XIやグランツーリスモなど、変わったテーストだったり実験要素が含まれていたりする作品が出てきた。その空気が、スーファミの時期にゲームから離れ、またサターンにも惹かれなかった新しいユーザ層を引き付けたと言える。

　このように、任天堂だったゲーム業界の天下から、SCEに覇権が移ったわけだが、それによって流通形態も変わる事になった。
　これにはSCEの戦略も色々あるが、基本的にはゲームのメディアがCD-ROMに移行したのが原因である。それにより、ゲームの価格は下がり、そして生産サイクルが短くなった。
　ROMカートリッジの時代は、マスクROMの生産に費用がかかるばかりか、作り始めてから完成するまでの時間もかかっていた。そのため、小売店は人気作については売り切れないように多めに発注せざるを得なかった。しかし一気に出荷すると値崩れを起こしてしまうため、任天堂は予め出荷量を調整する事が多かった。それに比べると、CD-ROM媒体は再生産にそれほど時間がかからないため、万が一市場全体が需要過多に陥っても、生産してバランスを戻す事は難しくなかった。従って、初回に無理な発注をせずとも済み、ROMカートリッジ時代よりは健全な需給関係ができていた。

　こうして、ROMカートリッジ時代よりも生産が容易になり、また在庫の管理も難しくなくなったため、SCEは自ら流通に乗り出した。任天堂は昔ながらの会社なので、問屋を通して小売に卸していたが、SCEは直接自分の手でやるようにしたのだ。そのため、問屋が取る分の中間マージンを減らす事が可能になり、ソフトの価格が下がり、そしてまたSCE自らの取り分も多くなった。

　更に、ファミコン晩年から問題になり、スーファミ時代の価格高騰の一つの要因にもなっていた中古ソフトの問題が、ゲーム業界に対するマイナスだと考えたSCEは、プレステのソフトを中古販売しないように圧力をかけた。プレステのソフトは中古販売はさせない、そのかわりに「ベスト版」と呼ばれる、過去のソフトを値下げしたものを正規に出すから買ってくれ、というスタイルを持ち込んだ。
　また、これもスーファミ時代の弊害だが、ソフトの値引き合戦による値崩れというのがあったため、それを防ぐために価格統制も行った。そのため、当初は最大でも1割引程度でしか買えず、ある程度価格の維持はできていたように思う。これはソフトメーカー側の利益を守る反面、どんなに売れないソフトでも値引きされず、小売店や消費者にとってはデメリットがあると言えなくもない。しかし、このように小売に対して圧力をかけて価格統制をするなどというやり方が続くわけもなく、SCEは公正取引委員会に排除勧告を受ける羽目になった。

　上記のような流通改革は、ある程度は評価できる。
　複数の流通経路を通してマージンを取られる仕組みは、メーカー及び消費者以外に落ちる金が多くなり、双方損をする。また実際中古ソフト販売は新品の売り上げを阻害し、ユーザと中古屋の中だけで金が回るようになり、市場からメーカーに流れる資金を制限する。従って、中間マージンを減らし、また中古販売を取りやめる代わりにソフトの価格を引き下げ、後年ベスト版として廉価版を再販するというシステムは、ある意味理想とも言える。
　しかしSCEは、その理想に近づくために、やや強引過ぎた。価格統制は当然の事ながら公正取引委員会に目をつけられるような行為である。また、先述の通りゲーム開発の障壁が下がった事から、多くのバリエーションのゲームが発売されたのだが、その中にはクソゲー、あるいはそこまで行かなくてもどうにも微妙なゲームも数多くあった。しかしそれらであっても定価でしか取引できず、中古販売できないとなると、仕入れた小売はほとんど売れないから丸損である。後からベスト版を出すというのも、ユーザにとってはいいが、小売にとってはそれまでに正規版が売れなければ不良在庫確定なわけで、難しいところである。
　確かに価格が維持され、どこも値引きや中古販売が行われないのであれば、例え発注を抑えても利幅が確保できれば小売としては儲かる。しかし現実には中古販売は行われてしまった。こう考えると悪い事だらけでもある。中間で在庫を抱えて調整する役割の問屋もプレステの流通には存在せず、在庫の損は小売の責任である。そのくせソフトの単価が下がり、利益が落ちたので、商売上がったりである。
　そしてまた、先ほど「メディアがCD-ROMになったから生産が早い」と書いたが、実際のところ数日で作れるというものでもない。CDのプレスは確かにマスクROMを焼くのよりも何百倍も早いのだけど、説明書の作成に時間がかかるのだ。そのため、結局人気ゲームでは、発売日に売り切れないように過剰発注しなければならない、という点はスーファミ時代とはそこまで変わらなかった。

　そうして、ファミコンの隆盛時から雨後のタケノコの如く現れたゲームショップは、ゲーム市場そのものは大きくなったのにも関わらず、プレステ隆盛時にはバタバタと潰れる事になった。私の家の近くでも、なくなったゲーム屋は多い。
　しかしそれをもって、小売店を擁護しSCEのみを責めるつもりはほとんどない。元々、ゲームソフト販売という商売が楽すぎたのである。ソフトを厳選する必要もなく、朝イチで市場で仕入れて鮮度管理する必要もなく、倉庫に入れるほど大きくもなく、アフターケアもほとんど必要なく、ただ入荷して並べるだけで、宣伝や努力はゲームメーカーの方で行ってくれて、後は売るのみというゲームショップというものが、他の小売業者に比べて楽すぎたのである。結果として、ゲームショップはどんどん大手チェーンに収束し、更には量販店やビデオレンタル屋など他の業種の店で片手間に売られるようになる。営業上の努力が少なくて済むのだから、そうなるのは仕方がない。

　さて、上記のように任天堂からトップシェアの座を奪い、ゲーム業界の構図を変化させただけでなく、その流通など周辺事情まで影響を及ぼしたプレステ及びSCEだが、しばらくその天下は続くのであった。